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座り込みはしぶとく続けられています。


元自衛官・小西誠氏 講演の報告


2008年 11月 18日

塩見孝也

 皆さん

 正念場の11月≪給油阻止闘争≫としての国会前座り込み闘争が、本日愈々再開されました。

 以下は、これに向けての、「9条改憲阻止の会」からの昨日の呼びかけです。

 

 11/14(金)も座り込みを続け、今日もやっています。

 その傍ら、衆議員会館会館内で、「自衛隊の現状と田母神論文批判」をテーマに、小西誠さんを講師に招き、学習集会をやりました。これで、2回目の学習集会です。

 自衛隊は、情勢に規定され、一方では、イラクやアフガンの米軍展開に協力しつつ、他方では、明確に中国を仮想敵国と規定し、対中国対決を押し出してきていること、対内的には対テロ・ゲリラ・コマンド作戦(治安出動)へと、国内対応の展開戦略を再編成しつつあります。

 このような戦略追求はちぐはぐで統一性を欠き、過酷であり、それを防衛省幹部は伝統的な旧軍的規律の押し付けで乗り切って行かん、とするわけですから、その規律、隊内秩序はグローバリズム市場競争社会の個人(利己主義)社会の中で育ってきた隊員には大きな乖離となります。

 自殺者の増大、暴行、いじめらが頻発化し、隊員はストレスを鬱積させています。規律弛緩、液状化的な解体的危機を乗り切るべく、士気高揚策が幹部において追及され、その一つが田母神論文と言って良いこと。

 小西さんは、こう言った実情を語りつつ、「米兵・自衛官人権ホットライン」のところには、隊員やその家族からの相談件数が急増してきていると報告しました。

 僕らは、9条改憲阻止戦略の下、あくまで「給油延長反対」「自衛隊恒久派遣法制定反対」「自衛隊海外派兵反対」をしぶとく追求しつつ、他方で、事実関係においても歴史を偽造し、恣意的に先の侵略戦争を、否定せんとする田母神らの論を徹底的に批判し、これと一体に、自衛隊批判、否定の叛軍工作、大衆闘争を切り開いてゆかなければなりません。

 小西氏の最新の著作「自衛隊−−そのトランスフォーメーション」(社会評論社、1800円)は、自衛隊の実情が分かり、極めて有益です。
 小西さんとのトークでは盛り上がり、座り込みもみんな熱気が入ってゆきました。

 24日とみなされる衆議院再議決を阻止すべく、若し長引けば、追い討ちをかけ、座り込みも延長し、食い下がってゆくこととなるでしょう。
 国会前座り込み現場ニュース21号をお届けします。

 塩見


国会前座り込み現場ニュース 
2008年11月17日 第21号


確信犯田母神の弱点と言論の自由の無い自衛隊

 14日に小西誠さんを講師に「田母神論文と自衛隊の現状」という内容で院内集会が開かれた。小西氏は冒頭に、自らの言論の自由の問題で免職されたのであり自衛隊内においては憲法が廃止されている、他方田母神前空幕長などは佐藤正夫参議院議員に政治献金を行い特別公務員の政治活動の制限を逸脱している、防衛省は防衛省改革と称して参事官制度を廃止し文民統制を崩そうとしている、等を明らかにした。そして、自衛隊の隊内教育の要は、「点検に次ぐ点検」の営内生活と「精神教育」にあることを明らかにした(詳細は別記)。

田母神論文はまさに、この精神教育の一環として、少なくとも2002年の統合幕僚学校長時代来、常日頃訓話し講話して来たものと同主旨のものである。

田母神前空幕長は確信をもって、懸賞論文を発表した。曰く、「論文内容は職務に関するものではなく、誰でも書けるものであり(事前報告の義務)ルール違反ではない」「私を支持する人は58%もおり、国民に不安を与えたことはない」「村山談話は、言論の自由を制約するものではない。村山談話は具体的なことにはいささかも触れてはいないので、私の論文内容はそれに抵触するものではなく、政府見解を逸脱するものではない」(以上11月11日参考人答弁)。

だがこうした彼の異常とも言える確信の裏には、今日の自衛隊という名の軍隊の存在自体を巡る危機観があるのではないか。小西さんは、先進国においては、すでに軍隊自体が成立し統合し得なくなってきていると指摘している。自衛隊がいよいよその実力部隊を海外にまで動かすということにつれて、その思想的統合に困難さを増しているのである。まさにその通りで、国民的合意を得られないままの自衛隊の出生、軍隊の意義や戦争の普遍的意味、命令1つで自らが命をかけて戦闘に赴くといったことについての普遍的意味を見出し得なくなってきているということである(三上論評)。隊内民主主義や隊内自由の封殺のもとで、私的制裁やいじめ、その他セクハラを含めた様々な不祥事が頻発していることがそれを示している。田母神による一連の講話や訓話は、自衛隊の隊内教育としての精神教育の内容を、まさに実力部隊・制服組の突出自体を強調し(文民統制の積極的無視)、旧軍のまったくデタラメな名誉回復を軸にその思想教育を再編成し、隊員に戦争への確信を強制しようとするものである。こういう方向では隊員の大部分を納得させることは到底できまい。

田母神が強調する「言論の自由」は自らに適応するものではなく、旧態依然たる閉鎖社会である隊内においてこそ実行されるべき問題であり、航空自衛隊最高幹部として、文民統制の意味をしっかり理解しつつ、隊員の無事をこそ願い、平和憲法下での自衛隊のあり方をこそ問うべきではなかったのか。

 自衛隊は長きにわたり「憲法違反」のまま存在してきているが、しかし職業として門戸が開放されている。こうしたことに自衛隊存在のねじれがある。「自衛隊は憲法違反である」と切ってすてるのは簡単なことだが、現実的問題の解決にはほど遠い。しかし、現実に合わせて「憲法を変える」というのも本末転倒である。平和憲法下での自衛隊のあり方を根本的に問うべきなのは、一人田母神の問題ではなく、われわれの問題でもある。                  (文責:麻生ではない淵上太郎)